くるりのこと

くるりのこと

くるりのこと

とにかく良かった。贈ってくれた @asonas 、ありがとう。

アーティストによる自著ではなく、第三者が語るものについてはファンなのか友人なのかジャーナリストなのかよくわからない観点に対してもやもやして読むのを辞めてしまうことが体験があったのだが、本人たちの語っていることがほとんどを占めているおかげかするすると読み進められた。 ひとつだけ気になったのは、誰が何を喋っているかがわからずに混乱しやすいこと。著者が面々の発言の隙間を埋める中で「岸田が語る」、「佐藤が言う」みたいな繋ぎ方で終えて、次の発言者を示すものだから、あれ、これ誰の発言だったっけと数行後ろに戻ることが多々あった。

くるりについては好きな音楽を見つけては追うような年頃のときに触れることがなく、何曲かはフレーズを知っているものの曲名や年代もおぼつかなかったが、かつての同僚が結構ヘビーなファンだったおかげで動機が生まれた。当時の最新作であった、彼らの9つ目となるアルバムが導入となり、見事に本の中でも触れられていた「いつからでもファンが付くような活動の仕方」に助けられていた一人であるのかもしれない。

実際のところは面食らう曲の多さに、このアルバム以外には何となく覚えていた曲をつまみ食いするに留まっていたのだが、しばらくしてからのライジングサンで24時を回ったサンステージでの出番を前に機材調整で鳴らしたワンダーフォーゲルのイントロがとても気持ち良かったところから全ての曲を追い直した。本番ではワンダーフォーゲルを一切演奏しなくてむずむずさせられたままだったのが原因のように思う。勧めてもらった人とは既に同僚ではなくなっていたのが少し惜しかったので、読了後に連絡をとった。

丘の上の綺羅星

偶然ハンバーガーショップという曲?を聴いて面白く思ったことから、嘉門達夫の曲を軒並み集めて全て歌詞を覚えてしまっていた頃がある。その割に、その歌い手がどんな人であるかをあまり知らなかったので、最近何かの拍子で見かけて読んだ。

丘の上の綺羅星

丘の上の綺羅星

自伝のように紹介されていたのを見て購入に至ったような気がしたが、笑福亭笑光としての修行時代についての話がほとんどで嘉門達夫として動く頃までが述べられており、全体としては「ヤングタウン」についてのアーカイブを意図しているものであるようだった。何もわからずに読み始めた最初の章で出てくる若者は、そもそも嘉門達夫ですらなかったことを次章までわからずに混乱したものの、中盤までの丁寧に書かれた生い立ちや出来事は読んでいて飽きなかったが、終盤にかけて繰り返されるヤングタウンおよび同番組プロデューサーについての話には、世代が大きく離れた人々の思い入れに疲れてしまった。

文中で度々様々な曲の歌詞に出くわすのだが、未だに覚えている替え歌メドレーの歌詞がKindleの上に表示されているのには変な心地がした。巻末にそれぞれの替え歌の元曲の歌詞がまとめられているのは替え歌におけるマナーなのか、著作権上の都合なのかよくわからないままである。

今でも活動しているようでYoutubeなりで観てみたが、子どもの頃何故あんなに嵌ってしまっていたのかはちょっと自分でも理解出来ない。

79: 三十歳になった

https://instagram.com/p/BJlnMUOAMuD/

今年の8月は入籍、退職、転職、引越し、30歳(成人みたいな熟語が欲しい)と変わり目の集まる月となった。 というのを上長に少し漏らしたら、彼女はPTOでオフィスに居ないというのに手を回してくれて、当日にはチームや入社に関わった人々からのメッセージカードに加えてケーキが準備されてしまい、入社初週の末だというのにとりあえずめでたい奴という認識を同僚からは受けている。一方で僕はその場に立ち会ってくれていた人々の顔と名前が未だに一致させられていない。

ウェブの上では、何年か前まではここぞと組み上げたウィッシュリストを晒して、Facebookで貰うお祝いのメッセージを繰り返し確認していたものだが、祝って貰っておきながらお返しが出来なかった不義理やその逆に気づくこともしばしばあって、気を揉むのに慣れなくて誕生日自体を表示しないようにしてしまっている。そんな中でもわざわざ思い出したり、別の場所での小さな声に気がついてくれてSixeight, tricknotes, zzakがお祝いを贈ってくれたことが嬉しかった。ありがとう。

https://www.amazon.co.jp/registry/wishlist/1U1J17EZM8CP1

soilのバスマットとカバーを並べていたのだが、カバーを2枚頂いてしまい実体が手に入っていないのはちょっと粘って誰かに贈られたい気持ちが少しくらいはある。

ラベルの追加だけではなく、削除を伴うもの。あるいは状態の遷移

30になったのだという事実にはあまり感慨深さみたいなことは無かったものの、ふと20代では無くなったということに、しばらくして気づいた時にちょっとした喪失感を認識した。若くて突飛そうなことをやっている者というのだけではいかんよなあと、足元を固められるような努力を怠っていたツケを早々に払いたく思っているけれど、情熱も集中力も今まで以上に練り出すのに気力が要る。と、まだ30で何を言っているのだと小突かれるようなことを言っている。

の通り、周りに居た人たちの傍で若者ヅラ(今や10代が働いているあの会社も、僕が入った時は社員最年少であった)をしていて、相当なイベントのように伺っていたが5年経ってみると僕の加齢など取るに足らない。81年生まれの皆さんの益々の活躍を見るともう5年引き続き予断している場合では無さそう。その彼らの中でも特に、セコンさんの記事が当時から異様に印象に残っている。今でこそ僕から見えるウェブの世界の人々の数はとても増えたけれど、その頃は一番人口が多い年齢層の人たちが変わり目を迎えていたように思う。

ちなみにセコンさんとペアプロした時にwatchrのセットアップを一緒にやってもらったし、未だに僕は色んなプロジェクトで使っているけどモダンそうなツールに上手く移行出来ていない。今は僕がペアプロした相手になんだこのツールはと尋ねられることが増え、日本から来た変な道具を繰り出す奴みたいな立ち位置になったりならなかったりしている。