89: 余計な感情や期待を持ち込まない

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勤務先に大きな変化があってから、結構な数の同僚と道を分かつことになった。代表の変化に合わせて、自身たちの変わり目となっても良いかという空気感で、毎週のようにお別れメールを見ることにも少し慣れてしまった。気づけば自身が入って拡大していた頃の開発チームは5倍くらい小さい規模となり、新たな立ち回りがそれぞれに求められ直すこととなっている。

その結果、とうとう自分に降り掛かったのが採用で、毎日採用システムのSaaSから届く通知に目を通し、レジュメを読み、GitHubのアカウントを這い回ることとなった。コーディング面接にも立ち会うようになり、個々の応募者についての評価を書き下すことに時間を割くのは精神的な相性が悪く、本業の生産性も著しく低下しているのが分かる。

公にするような形で人を評価するのが苦手なのである。評価をする瞬間に、自身は果たしてその評価基準を満たせるのかという考えがつきまとい、平気でその人のミスや期待への不一致を並べることが出来なくて都度苦慮している。更にきついのは、今も過去も同僚が応募者に下してきた評価をシステム上で見られることであった。何かを指摘した同僚のあまり褒められないコードや振る舞いを普段から十分に見ている自分からすると、何故それを普段満たしていない人物がそれを出来ない人物に対して評価を下せるのか理解出来なくてひどく落ち込んだ。

つまるところは立場を分離出来ていない自身の問題であって、会社として何が必要かに対して、評価者として振る舞うのだから、面接官がそれを満たしているかどうかは直接は関係する必要はない。きっと、変わり目や個人の必要性に応じて、会社への不満をオープンには残さず明るく去っていく振る舞いと一環していて、あくまでも会社との結びつきは契約上のもの、面接はチームで立てた要件を満たしているかどうかを確認するもの以上の何かには変容させていないのだろう。採用してくれた恩がとか、永住権取って早々辞めるのは感じが悪いとか思っている場合では無さそうだ。

幸か不幸か自分自身が応募し、面接を受けた際のデータにはアクセスする権限がなかったが、同じように何か言いたい放題言われているのかと思うと全部見てしまって楽になりたい気にもなる。面接官が集まり採用/不採用の決定を下した後に、「まじこれしんどいっすね。自分の見たら多分死ぬ」と発したところでSVPoEからすかさずコーヒーに誘われてケアされ、これも感情とは違うところの意思決定で動いている部分があるのだなあと感心した。

人を評価している時、自身も評価されているのだとはどこかで聞いてどこかで分かっていたとは思うのだが気の引き締まる思いがした。と、同時に採用プロセスに関わることで、安易に他社の採用プロセスを通過出来るといくらか過信していたものが吹き飛んだ。

88: 二馬力

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ハイジが働き始めた。今となっては人が羨むアメリカのH-1Bビザのホルダーにも欠点はいくつかあるのだが、その代表的なものに同行者にあたるH-4ビザでの入国者が労働出来ないというのが、専門職に就いていた配偶者を持つ僕にとっては特筆事項であった。インターネットがまともに無い頃に作られたルールとのことで、「労働できない」の解釈も曖昧で、リモートワークで日本源泉の仕事をすることも人によっては良い、悪いの意見が分かれることも多く、テクニカルにどう対処するかをずっと頭の隅に置き続け、居心地の悪い立場を過ごしていた。当人はある側面では自身のアイデンティティの大部分を潰されたような心地だったろうし、申し訳なく思うと同時に「働かずに好きなことをしていい」という現実に対しての羨ましさもあり、何度か衝突もあった。

未だ手に入っていない永住権だが、その中途で特定のステータスになり、ビザに依らず働くことや再入国することを認めてもらえるようになったのであった。これが予想よりも半年近く早く来たのだから状況は急転した。

おかげさまで過程も結果も素晴らしく、(晴れて?)共働きとなったのであった。こうなって初めて、自分が働き続ける決意や自分の昇給を視野にした行動に勝手に縛り付けられていたことに気づいた。自分が頑張ったところで年200万(ドル受け取りだが円換算の方が感情が乗る)が最高のパフォーマンスを出せたところでのせいぜいの昇給額であったところが、突然横から1千云百万が湧いてくるのだから衝撃である。それはよほどの衝撃で、自宅では「ゲームチェンジング」と繰り返していた。飛び降りるかもしれない先に十分なクッションが見えることの生きやすさといったらないが、こうなったことで気づかなかったつもりだった職場での不満が上手に言語化出来るようになってしまい笑えてしまう。なんと視野の狭かったのかというか、何をこんなに情けない言葉を漏らしているのだ。

妻にパートでも良いから働いて欲しいみたいな家庭の何かのシーンに対して、そんなもんかねえと思っていたことが、強く同意するとまでは行かずとも、十分に理解出来る気持ちに昇格したのだから恥ずかしい。世では二馬力と呼ぶらしい。

僕が作り出した動きにくさから解放された彼女が新しいチャレンジをやれる様子を見られるようになって嬉しく、変なつっかかりがひとつ取れたようだった。

凍った脳みそ

技術書ではない次に読みたい本が決まったので、中途半端に読んで放置していたものを読み切った。

凍った脳みそ

凍った脳みそ

タイトルは後藤正文氏のレコーディング用スタジオであるCold Brain Stuidoにちなんだタイトル(BECKの"Cold Brains"から来ているとのこと)。大いに自分の書いている文に影響をしている、使いたいことが優先された響きのある比喩や、くどいほどの数の例や該当する情報を並列で並べる癖を一冊通して見続けるのは、なかなか堪えることもあった。彼にとっての歌詞や僕にとってのコードのように比較的短くせざるを得ない制約はとても功を奏しているような気がする。

話は概ねスタジオの構築の話に終始するが、海外でのレコーディングについても触れられ、ファンとしては連載を全て辿るのには大変なのでアーカイブとして出してくれてありがたいというのが感想になる一冊だった。

前のものからしばらく開いたが

その間に出たもう一冊は読み始めにくじけ、付属のCDだけリッピングして未だに読んでいない。

YOROZU~妄想の民俗史~

YOROZU~妄想の民俗史~