何度でもオールライトと歌え

何度でもオールライトと歌え

何度でもオールライトと歌え

ブログで読んでいた文章が、面白いカテゴライズで読みやすく構成されていた。あとがきにもある通り編集がとても良い。本人以外が誰かの作品群に対してカテゴライズやタギングをやるだけで見え方がひとつ増えるのがよくわかる。単純に分類を寄せただけでなく、何年も前に「これをやりたい」と綴っていた次のページには数年後にそれを実現していること、同じ言い回しが離れた日付の間で繰り返されていることが記事の並びで表現されていることにハッとすることが何度もあった。順番に追っていた身からすると気づくこともない。

常に更新された記事をPocketに流してタブレットで読むくらいには追いかけているものの、ふわっとしか話を覚えておらず、その文章を読んだことがあるはずなのに何だか新しそうだと思いながら読むのは不思議な心地がした。加筆や修正が具体的にどういうものであったかはあまりわからず差分をどこかで見れないものか。せめて各記事毎へのリンクが欲しくなる。

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何かやっているおっさんがつらつらと書いた文章を好き好んで読めるのはただのファンだからかもしれない。気になる人間の言動、振る舞いを愛でるように眺めるストーカー体質であるが、既にファンとなった理由も思い出せないどころか、ファンであるかどうかを都度判断する部分も麻痺してしまっており、もう彼がどんなに自分の嫌なことを言おうが、ひどい曲を売りだそうが目で追うのを辞めることは無さそうで、新しく見られる彼の何かをいつも無言で手に取っている。小倉駅裏のラフォーレ原宿に入っていたタワーレコードで「君繋ファイブエム」を手に取ってから始まったこれはもう13年が過ぎようとしている。確かその時は学ランを着ていた。

ファンというのを差し引いたとしても、きっとこの文章を読んでいたら面白がっていたのだとは思うが、世で売れたバンドの一員でなければ、十何年も繰り返し散文を残し続けられている40歳弱のおっさんの本を自分や世の人が手にとって読むことはなかったかもしれないのだと思うと切ない。

終盤にかけて政治、原発、震災に寄った文が多く、読後感は少し歯切れの悪いものになったが、改めて載った「砂の上」を見て聴き直しながら感想を書いた。

77: 全てのユーザに同じ価格で良いのだろうか

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3月の3連休の頭から1ヶ月程を日本で過ごした。灰色ハイジの部屋に居候させて貰いつつ、それぞれの実家に挨拶などそっちのあれこれについては別で書くだろうとして、東京で久しぶりに朝起きて会社に行って夜に帰るという生活をほぼ全ての平日で繰り返した。これが一生繰り返すのかと気が遠くなる瞬間に過るのは、これを受け入れていたのがかつての社会人であり、年功序列ナントカや終身雇用ナントカの世界なんだろうかと思うと、それはそれで敬意を払うしかない精神力の持ち主達だったのではないだろうか。父が四十数年の勤続を終える時に立ち会った時はよくわからなかった。だいたいこういう時には、彼らは何かが残念な世界に居て、思考停止していたなんて馬鹿にしたように思い込むと後で痛い目を見てからやっと違うことを理解するのが常なので、その時々で背景上何も残念なことはないし、何か苦しみが違う箇所で存在したのだと思う。

何と競合し、何を提供し、誰から対価を得るか

かつての同僚。という言い方をしてしまうと偉そうだが、かつて居た職場でIRを担当していたお兄さん的な人と食事をする機会があって、その時の話題を今も頭の中で引きずっている。

例えばお金を支払うサービスをやっていたとして、ユーザが経済的に満たされているとは言い難い状況を前提とすれば、同業種よりも可処分所得を他の分野の違う何かの方が競合と呼べてしまう。まあ当たり前の話ではあって、競合の定義というか抽象度がひん曲がってるだけなのだが、ファッションアプリは女子会1回分や欲しいチャット用スタンプ群と戦うのだと聞くと、そのファッションアプリが他の(本来競合する)ファッションアプリに勝ってますと言った先にそもそもユーザに経済的な余裕がなければファッションアプリが使われ得ない可能性すらある。単純に同様のものによる競合の中で1番になるサービスを作ればいいだけの問題ではない。そう理解までは出来ても、子どものお小遣いかのように限られた可処分所得の中で、どんなに他を削ってもスタンプは皆買うなんて話を聞くと胸中がざわついてしまう。その売上の一部が自分の給料の元手の内訳に少なからず(もしかしたら大半)含まれていることを思うと尚更だ。

意図してこの話と組み合わせたわけではなさそうだったが、僕たちが一緒に居た職場で作っていたサービスにおいては、「作っている側」と月々数百円を払う「使っている側」での可処分所得の差が何倍以上あって、意図しなくてもその構造を増幅させるのを目的としたビジネスというのは本当にこれでいいのだろうかみたいな話題もあり、次にどんな職やサービスに携わろうかと考えることが増えた中で、出来ればそういう疑問に立ち会わないところを選びたい気にさせられてしまった。

正直個人相手のサービスがこういう文脈で得意ではなく、BtoBのようにお互いが対等にお金とサービスを交換出来ているかという点が、BtoCになったら大きく歪んで対等が何か全くわからないものとなって考えたくもなくなる。いつだったか、コンサルだかどっかで十二分な給与を受け取っていたであろう上長がプレミアムサービスに300円くらい皆払うやろと軽く放った言葉にとても激昂し反発した覚えがあったのが、そういった否定をするのが下手になっていることに気づく瞬間が度々あり、同じようなことを放つようにはなりたくない意識だけは辛うじてあるものの、放たない自信はもうない。きっと学生でウェブサービスを触っていた頃から少しずつ変わってきたんだろう。何かを我慢しなくても良いなと思ったものにお金を払えるようにはなったことは大きい。ウェブサービス累進課税みたいな感じの利用料になればいいのだろうか。

改めてどんなサービスに携わりたいかを考えると、自然にBtoBやCtoCもしくはユーザから直接お金を貰わないものを選ぶ傾向が見受けられてくる。今やっているのもBtoBといえばそうなのだが、提供先がBだけでなくCの側面もあり、カスタマーサポートに触れる度に緊張と戦うことがあり、ひどい贅沢だが僕がフェアだと信じてやり取りが出来るお客さんにだけにちゃんとサービスを届けたいものだと度々感じる程度にはカスタマーサポートや客商売には本当に向いていない。儲けられることがわかっていても実行出来そうにない性分ではマネタイズにもきっと向いていない。

この元同僚と職場が同じだった間の僕はIRに直接的な関わりはなかったけれど、影響知らずに予算大節約のインフラ環境構築をやって上方修正の手間を取らせたり、寄稿した本が出た時には何冊か購入してIR関連で配るみたいな話で声をかけてくれていた人だった。今はスタートアップのCFOらしく、自分とは全然違う側面からサービスがどうだという話を真っ直ぐ話してくれて、真っ直ぐ聞いてくれる相手にとても有りがたく思ってその場を閉じたものの、未だにもやもやしている。

76: 割と色んな畑の人が居る

https://instagram.com/p/BCEsjtJrMEj/

高専の後輩が二人、サンフランシスコに訪ねてくれた。一人はロボットを作るチームで一緒だった子で、大学の博士後期過程に居るためか学会発表のためにNapaを訪れていた帰りだという。今では彼が関わった人工衛星がいくつか宇宙に居るらしく、ロボットを作りすぎた果てに成果物が宇宙に行くなんて子どもの夢みたいなものを体現していた。最近はまた宇宙空間での微細なエネルギーによる物理シミュレーションみたいなことがメインらしく、選り好まず気になったものに手を付けて取り組んでいた結果でその姿に至っているのだから素敵だ。偶然にも小・中学校の同級生の弟でもあり、妹の同級生でもあるので、不思議と縁が続いている。もう一人は在学期すら被っていないのだが、ロボットをつくっているチームに遊びに行った時などでお互い顔を見知っており、一人での卒業旅行の旅程中に立ち寄ると連絡を受け、せっかくなので二人同時に近辺を少し案内した。

二人と食事をする中で、自分の仕事について触れた時には、彼らからすると普通に触っているウェブサービスもモバイルアプリも、"何かどこかの大きな会社が作ったシステム"という域を出ていないのが新鮮で、同じ学校で10代の後半を過ごしたとは思えなかった。こういうところで働いて作ってるんだよと言ってもいまいちピンと来ないみたいで、外面的な会話にしかならず、日常で自分が関わっている人たちがいかに偏っているかがわかる。一般的?な会話が出来なくなっていないだろうか。ユーザですら近しい人に寄りつつあったので、そろそろまた大きな括りのユーザについて考えることをしたいと思う節が最近は多い。自分の親に自分の仕事を説明する時に、レシピを見られるあのサービスからクレジットカード決済を人に導入させるというのに変わった話をしたところ、何かよくわからないことに対してあまり聞く耳を持ってもらえなくなってから久しいが、買収元のサービスは自分よりもよっぽど使っている。

そういえば銀行で口座を開設時に、その場でスマートフォンのブラウザからアクティベーションするよう促され操作したらISEが起きた時にそれを見せると、あなたソフトウェアエンジニアなんだから直せるでしょと日曜大工のように言われて、何となく適当にあの辺がわかって対処出来る風に扱われたことを思い出した。僕がバックエンドかフロントエンドかはたまたフルスタックかなんて話は普通はしない。

この楽しい来訪の前にもう一人後輩がサンフランシスコに居るのは捕捉していたのだが、連絡をもらえなかった。秋ごろに会う機会があって出張等でこちらへ来ることは聞き及び、僕が滞在していることも伝えていたので連絡を待っているうちに帰っていくのをFacebookで知ることとなった。今回の二人よりもロボットを組むのに何度も一緒に徹夜をした仲だったのだが、逆に嫌われてしまっていたのだろうかと思うと時間をかける程親しくなるとは勘違いであるとわかる。