85: 分からんちん

http://instagram.com/p/Bd3jHXzgBoV/

年が明けて前までのチームでの仕事に一区切りがついた。フロントエンドのアプリケーションフレームワークの調査や検証をやっていたのだが、自分が流れで担当させられたVueは途中で飽きてきたというか結局繰り返しコンポーネントをつくってな...みたいな体験はAngularJSの時から変わらない世界に疲れて、Elmのペアプロをやった後に取り憑かれてしまった。入社当時Functional Fridayという社内の関数型プログラミングの勉強会(今は木曜になってThunk Thursdayになった)で、少し触るようになっていたHaskellの味がようやく染み出してきたのかもしれないという気分。空いた時間で少しずつ自分のサイトをElmで書き直してみている。

次は創業者がPMをやっているチームに移って仕事をしている。会社が10周年で、本当にサービスのことばかりを考えてきたんだなあと話を聞くだけで嬉しい気持ちになる。もう少しこちらからも良いことを伝えられないともったいない。

「傷つくなぁ。」

というツイートを見てハッとした。普通に人が傷つくことが書いてあるのだけれど、それがさも「そういうもの」とでも言うように思っていた自分に対して悲しい気持ちになる感じ。はてなはよくわからない免疫があるのでどうにかなっていたのか、News Picksというサイトで同じように何かのページなりに対して誰かが残すコメントたちを見て大変不快になることが多くて、最近ちょっとキツかったのを見てからはすぐに閉じるようになった。

当たり前のように「ひとの気持ちを考えましょう」みたいなのが根底にはあるはずなのに、ウェブで何かを発せば必ず誰かが傷つくことには諦めがついている気がする。誰かが傷つくものだと思ってしまっているから、その延長で、誰かが誰かをまっすぐに傷つけていることにすら鈍感。きっとはてなブックマークは見すぎてそうなってしまって(もっと前なら確かにどんよりしていた覚えがある)、News Picksはまだ慣れていないんだろう。あの、人の名前より肩書がfont-sizeとは裏腹に主張してくる感じに。

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84: 猫と対価

http://instagram.com/p/Ba2MtRqAEGV/

同僚のシエナの飼い猫メイ。サンクスギビングに合わせて1週間ほどの休暇を取った飼い主に代わって、1日2回の食事とトイレ掃除を請け負っているうちに仲が良くなった。 かつてのルームメイト(猫)、ジンジャーと離れて久しいが、猫が気ままに過ごしている横で自分の作業をやっているのは気分が良い。命と暮らすのはとても億劫なので、こういう一時的な関わりが出来るのが自分にとってはちょうど良い。

クリスマス、アメリカでいうホリデーシーズンも前回に引き続いて頼まれたので引き受けることにした。なかなかアメリカの人との距離感というのは、最近この世界に入り込んだばかりの身としてはまだまだ測りかねていて、こういった頼まれごとをどういう風に受け取れば良いのかがわからない。二度目の依頼に際して、前回実績から1週間のしっかり朝と夕時間通りに会うことが、僕の楽しみと釣り合わせるのは時によっては難しく、これをまたニコニコと引き受けるのは、親切すぎて気持ち悪いのではないか、ただただ猫好きだから任せて良いと思われているのだろうかと不安になる。じゃあ何の対価があるの尋ねるのも物騒だし、お互い気持ち良い落とし所はどこだろう、しかしどう英語で伝えるのが自然なのだろうと探るような気持ちであった。と頭を回すところでで同僚も対価について考えてくれていたみたいで、余計な心配であったことに胸をなでおろすのであった。こんなことを頭に巡らしていたこと自体申し訳ない。

きっと母国よろしく「彼らと私たちは違う」と思い込みすぎなのだが、休暇でどこかに出かけた後に会社に持ってくるお土産の分量感が難しかったことに根ざしている。多すぎても過剰な親切みたいで気持ち悪いだろうし、無くてもバツが悪いというやつ。ちなみに無いのが基本で、何かあるとめっちゃ喜ばれるというのが正解っぽくて、これは凄く良い。結局僕は多めに持っていくのだが、メールでめっちゃお礼が来た。その逆もあって、プロダクト系の人やセールス系の人が僕に依頼すれば、割り込みだとしても逐次対応してくれるという認識を持っているのが垣間見えることがあって...ってこれ日本でもそうだった。

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83: 🔂

http://instagram.com/p/BYP5nQ7gZgU/

去年の8月は、結婚だ、30歳だ、転職だと並べていたが、ようやく1年が過ぎていて、少し経ったところで2017年も終わろうとしている。前の年ほどではないが、密度が高く、ゆっくりと1年が過ぎていったように思う。取り立てた変化はというと会社に慣れてきたことと、結婚式を挙げたことだろうか。これだけではないが、何れにおいても恵まれているということに尽きる。

自分のことでいうと、仕事がどうにかなってきたことは大きい。最初はRubyの国から来た、なぜだかMatzとフレンドな英語を喋れないバックエンド寄りのやつだったのが、気づけばフロントエンドにもスキルセットが割と伸びて、ビルド周りや最近のフレームワークも守備範囲に入ってきて、前職までの立場に増して何でも屋さんの度合いは強くなっている。アメリカではあまり歓迎されないとされる専門性の無さを心配する一方で、ちょっとシニアのどれについても割と詳しい奴くらいの立ち位置と自認してもいいんじゃないかと思いたい日もある。言語とカルチャーの差異が気にしなければ成立する人材になったのだ。

とは言いながらも、現地企業の文化をこの1年目の当たりにした。直接近しく働く人間に目まぐるしく変化が起きる。一緒にペアプロしていたはずのジュニアにあたるエンジニアが突然その職を外されたり、さっきまで僕にバグ修正を依頼していたPMが数時間後に解雇されているのには堪えることもある。採用から入社直後よく面倒をみてくれたエンジニアリングマネージャももう居なければ、この人を追えばまずは軌道に乗れそうとチームのシニアに視点をあてたら翌月には転職してしまう。会社のサイズ感が絶妙で、小さすぎるスタートアップでもなければ、アメリカの企業の例ですと言えるくらいの大きさもないので、何が例外で何が当然のことなのかは測りかねることも多い。

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