84: 猫と対価

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同僚のシエナの飼い猫メイ。サンクスギビングに合わせて1週間ほどの休暇を取った飼い主に代わって、1日2回の食事とトイレ掃除を請け負っているうちに仲が良くなった。 かつてのルームメイト(猫)、ジンジャーと離れて久しいが、猫が気ままに過ごしている横で自分の作業をやっているのは気分が良い。命と暮らすのはとても億劫なので、こういう一時的な関わりが出来るのが自分にとってはちょうど良い。

クリスマス、アメリカでいうホリデーシーズンも前回に引き続いて頼まれたので引き受けることにした。なかなかアメリカの人との距離感というのは、最近この世界に入り込んだばかりの身としてはまだまだ測りかねていて、こういった頼まれごとをどういう風に受け取れば良いのかがわからない。二度目の依頼に際して、前回実績から1週間のしっかり朝と夕時間通りに会うことが、僕の楽しみと釣り合わせるのは時によっては難しく、これをまたニコニコと引き受けるのは、親切すぎて気持ち悪いのではないか、ただただ猫好きだから任せて良いと思われているのだろうかと不安になる。じゃあ何の対価があるの尋ねるのも物騒だし、お互い気持ち良い落とし所はどこだろう、しかしどう英語で伝えるのが自然なのだろうと探るような気持ちであった。と頭を回すところでで同僚も対価について考えてくれていたみたいで、余計な心配であったことに胸をなでおろすのであった。こんなことを頭に巡らしていたこと自体申し訳ない。

きっと母国よろしく「彼らと私たちは違う」と思い込みすぎなのだが、休暇でどこかに出かけた後に会社に持ってくるお土産の分量感が難しかったことに根ざしている。多すぎても過剰な親切みたいで気持ち悪いだろうし、無くてもバツが悪いというやつ。ちなみに無いのが基本で、何かあるとめっちゃ喜ばれるというのが正解っぽくて、これは凄く良い。結局僕は多めに持っていくのだが、メールでめっちゃお礼が来た。その逆もあって、プロダクト系の人やセールス系の人が僕に依頼すれば、割り込みだとしても逐次対応してくれるという認識を持っているのが垣間見えることがあって...ってこれ日本でもそうだった。

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83: 🔂

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去年の8月は、結婚だ、30歳だ、転職だと並べていたが、ようやく1年が過ぎていて、少し経ったところで2017年も終わろうとしている。前の年ほどではないが、密度が高く、ゆっくりと1年が過ぎていったように思う。取り立てた変化はというと会社に慣れてきたことと、結婚式を挙げたことだろうか。これだけではないが、何れにおいても恵まれているということに尽きる。

自分のことでいうと、仕事がどうにかなってきたことは大きい。最初はRubyの国から来た、なぜだかMatzとフレンドな英語を喋れないバックエンド寄りのやつだったのが、気づけばフロントエンドにもスキルセットが割と伸びて、ビルド周りや最近のフレームワークも守備範囲に入ってきて、前職までの立場に増して何でも屋さんの度合いは強くなっている。アメリカではあまり歓迎されないとされる専門性の無さを心配する一方で、ちょっとシニアのどれについても割と詳しい奴くらいの立ち位置と自認してもいいんじゃないかと思いたい日もある。言語とカルチャーの差異が気にしなければ成立する人材になったのだ。

とは言いながらも、現地企業の文化をこの1年目の当たりにした。直接近しく働く人間に目まぐるしく変化が起きる。一緒にペアプロしていたはずのジュニアにあたるエンジニアが突然その職を外されたり、さっきまで僕にバグ修正を依頼していたPMが数時間後に解雇されているのには堪えることもある。採用から入社直後よく面倒をみてくれたエンジニアリングマネージャももう居なければ、この人を追えばまずは軌道に乗れそうとチームのシニアに視点をあてたら翌月には転職してしまう。会社のサイズ感が絶妙で、小さすぎるスタートアップでもなければ、アメリカの企業の例ですと言えるくらいの大きさもないので、何が例外で何が当然のことなのかは測りかねることも多い。

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闘え!高専ロボコン: ロボットにかける青春

高専ロボコンの概要について大事な箇所あが満遍なく触れられていて良かった。取材の関係上か、視界に入ってくる高専は限られているため、もっと少しずつ取り上げるような構成だと嬉しかった。というのは残念ながら自分が居たチームが文中で一切触れられなかったのが寂しかっただけでもある。ロボットや競技に関しての挿絵がわかりやすく書かれているのだが、十分には準備されておらず、テキストだけで複雑なルールや各マシンの機構を読ませるにはなかなか酷なように見える。全体を通して2016年の大会のシーズンを丸ごとさらっているので、幸い全てが残っている昨年の試合の様子を見るのが導入に最適だろう。

www.nhk.or.jp

四国地区の強豪、香川高専詫間キャンパス(旧詫間電波高専)の指導者の交代や頭角を現した高松キャンパス(旧高松高専)との地区大会での優劣交代について触れられている箇所の生々しさが、他の章のどの学生たちに触れる現実的な話よりも頭に残った。ちょうど読んだのが今年の四国地区大会が始まる数時間前であったことも相まったのかもしれない。 詫間の新たな指導教員であるところの岩本先生は大学の先輩にあたり、編入学の同期に詫間で優勝しまくっていた頃の操縦者が居た繋がりから、当時の関東甲信越地区大会に行く車へ乗せてもらったことがあった。誰かから博士課程の後に母校へ赴かれたとは聞いていた気がするが、Kindleの上で続報を知るとは思いもしなかった。

こういう形で大会のことを振り返るのは楽しく、ここ数年は大会への興味も薄れつつ、惰性で運営を続けつつあった非公式のFacebook Pageを更新する元気を貰えた気がする。

どこかのページで2003年が第15回大会であるという誤りを見つけて、無駄にこんなことを覚えている読者*1もそう居ないかと思い、出版元にレポートした。

*1:第15回大会は僕が高専に入学して初めて参加した2002年